自分が自分であるために・・・

よく聞く、好きじゃない言葉。


「私なんて・・・・」


いつも思う。

●謙遜することで、何か意図することがある場合
→相手が否定することによって、自分をハイステータスにあげたい
→思惑がある
なのか
●本格的に、自分をローステータスに見ている場合
なのか


多くの場合、前者な気がする。
でもね、ハイステータスにあげたとしても、まず関係性にジャッジが入ってる部分において、自分軸ではない。


そゆのって、単純にしんどい。


単純に、自分のココロに素直じゃないし、・・・・だけじゃなく、嘘ついちゃってることもある。


あるがままそのままで、いいのにな。
それが、自分らしさ。

らしさって、作るものではない。
その人の存在全部。
自分を信じる力のことかもしれない。


チーム(例えば、家族・仕事・趣味などなど)で、何かしようとするときって、チーム軸に合わせようとして、自分軸を曲げちゃったりすることもある。

意思の疎通はすごく重要なことだけど、全て意見が一致することではない。
自分の私利私欲を省いた論理的で健全な批判は、きちんと耳を傾ける必要がある。
宗教的に、右向け右って言う発想のチームならば、ジャイアン的に「俺のものは俺のもの。お前のものも俺のもの」みたいな発想になっちゃうだろうけど。


自分軸っていうのは、それぞれがそれぞれ持っていて、だからこそチームプレイになった時に、予定調和ではないオモシロサが発揮されるもの。


自己愛だけしかなかったら、ただのナルシスト。
他己愛だけしかなかったら、ただの依存。
自己愛<他己愛・・・偽善。
自己愛があるからこそ、深く他人に愛を与えられる。


だからこそ、かけがえのない存在である自分自身を大事にしてほしいな。
そんなことを思った今日この頃。
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by lovely_kh | 2010-12-19 23:46 | 徒然