ありのまま、そのまま。

私のバイブル、ブッタとシッタカブッタ

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そのシリーズの中に、頻繁に多用される表現がありのまま。


とある研修の中で出てきた「どんな人も全て剥ぎ取ったら、誰も同じ」という言葉が、割と固定観念をいれずに冷静に判断できるようになったきっかけの言葉。

そう、ありのままに物事を見ることのきっかけだ。


人はある側面では実績があり「すごい人」と賞賛される場面もある。
最近「あんなすごい人たちばかりで、私なんて・・・・」なんて、台詞をやたら聞くし、耳に障る。
でも「賞賛してるようなそんな空気も謙遜してる感じも感じないし、言葉との関係性が一致しないのは、何故だろう??恐らく、何かが本音じゃないんだろうな。」と台詞が入ってくる度に思ってた。

確かに、実績をあげたそのこと自体はすごいこと。
それを総括して判断するのは、「表面的なことだけを見ていて、その人自身をみてないのかな??」と。
だから、耳に障るのかなと思ってた。

違う側面では、同じ見え方をするかなんてことは、わからない。
そして、何がいいのか悪いのかなんて、他人が勝手に自分の価値判断で判断すべきものでもない。
価値観なんて、個人によって違うのが当たり前。
又、人は良いところも悪いところも、同時に備えてるから、魅力的なんだと思う。

だから、どんな人でも魅力がない人なんていないと思う。



・・・・と思ってた。


あるマイミクさんからマイミクさんへのコメントで、シックリこない感じがズバッと見えた!


「ダメだって自分を裁く人は、他の人もダメだって裁く。
・・・(中略)
だから、あるがままでいいの。」


言語化できない、シックリこない感じがスッキリ。
確かに、自分を大事に愛してあげれないと、他人を大事になんて出来ないもん。


だから、必要以上の「私なんて・・・」に、腑に落ちない感じがあったんだろうな。


7月初旬に会いに行った 独鱒さんブログの一編

私は人に喜んで頂くために生きている。
喜んで頂くために、何をしなければならないのか、
そして「通り」が一辺ではない、(いつも同じかも)そこに自分を表現できればと思っている。
私は本当にどういようもない人であり、動物である。
だが、私の表面だけで判断されないように自分では努力しているつもりである。
それは、
この朝の静けさと光増す太陽、
緑深く
鼻腔をつきさす緑と土の匂い、
泉の流れる音と、風の音、
鳥達や動物達の声、
心と体をいやしてくれる。
こんな深さを底に感じて頂ける様な、努力である。
皆に思われているのは、「ピエロ」としてだけかもしれない。
それでいい。


この言葉たちの本当の意味をやっと理解できた。
私もそうありたい。
自分の表面だけで判断されないよう努力しなきゃね・・・


他人の価値観で判断されることもたくさんあるけど、人としてのあり方をさりげなく教えてくれる人たちが、全国津々浦々といることがありがたいこと。


折角来たんだから、お茶でも飲んでいきなよと、自分自身そのままを受け入れてくれる場所があることがありがたいこと。


何者でもない。
ただのどどこでいい。


そんなことをマイミクさんの言葉から、気付かされたのでした。
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by lovely_kh | 2010-07-29 23:54 | 徒然